2015年7月18日土曜日

book325 『アラバマ物語』 ハーパー・リー (1964訳)

舞台はアメリカ南部の古い町

母なきあとの父と兄弟の愛情をヨコ糸に

無実の罪をでっちあげられた黒人の若者をタテ糸に


【概要】                    

"To Kill a Mockingbird "(1961), by Nelle Harper Lee

61年度のピュリッツァ賞にかがやき、十一カ国語に翻訳され、すでに数百万部を売りつくし、九十五週延々二年にわたって連続ベストセラーをつづけた名作である。

世界恐慌(1930年前後-)の真っただ中、南北戦争(1861-65)で敗北し奴隷を解放したとはいえ根強い黒人差別を内包するアメリカ南部が舞台。

「アメリカ南部」のアラバマ州で起きた黒人の白人女性への暴行容疑に対しての裁判で、まわりの白人陪審員の偏見と人種差別を描いている。その内容から米国の高校では教材としてしばしば用いられている。

六歳のスカウトは学校に上がり、そこで自分の街の掟を知らない人間がいること、自分の価値基準が必ずしも共通ではないことなどを知っていく。最初はお転婆で男の子と喧嘩を繰り返すスカウトであったが、父やカルパーニアの注意もあり、次第に大人の社会の二面性を理解していく。

【読むきっかけ&目的&感想】               

アメリカ女性のエッセイで知り、興味を持ったので読んでみた。

さくら好み ★★★★

様々な問題提起がされており、現在でも色あせない訴求力を持った物語だった。

【備忘録】                                          

この世で一番さびしい人間

トムの証言をきいているうちに、メイエラ・ユーイルは、この世で一番さびしい人間だと私はおもった。25年のあいだ家にとじこもっているプー・ラッドリーより、もっと一人ぼっちなのだ。アティカスが友だちがありますかときいたとき、メイエラにはアティカスのいう意味がわからないらしく、だからアティカスにからかわれているとおもったのだ。

彼女は、ジェムがいった、あいの子とおなじようにみじめなんだ。白人は、メイエラが豚同然の家族と暮らしているので、かまってやろうとせず、ニグロはニグロで、白人だからというので、近よるのをさけた。

といってメイエラには、好んで黒人と一緒に暮らしているドルファス・レイモンドさんのような生き方はできなかった。河岸に不動産を持っているでもなければ、古い家柄の出でもなかったからである。レイモンドさんにはいっても、ユーイルの家族には、誰も「それはあの家の流儀だよ」とはいわなかった。

メイコームの町は、この家族にクリスマスのバスケットや救済金をあたえた。そして、それで万事終りだった。

メイエラに親切にした人間は、おそらくトム・ロビンスンぐらいなものだったろう。それなのに、メイエラはトムが誘惑したといい、そして立ち上がってトムをにらんだときは、まるで足もとにころがっている汚物でもみるようだった。
― スカウト

そうつっぱねてしまったら おしまいなんだ

「うむ―おまえさんがききたいのは、なぜそんなふりをしているのかってことじゃろ、そう、しごく簡単だ。私の生きかたが気にいらない連中がいるんだ。きにいらないたって、こっちは少しもかまわない、勝手にしろといいたいね。そう、気に入らなくてけっこう、痛くもかゆくもないさ、だがね、そうつっぱねてしまったら、おしまいなんだ。わかるかい?」
― ドルファス・レイモンド

銃を身のまわりにおいとくのは

「あの晩、留置所にいったときだって、持ってなかっただろう。銃を身のまわりにおいとくのは、人に射てとさそいかけるようなものだって、僕にいったよ」
― ジェム(スカウトの兄)

生まれながらの偽善者ですよ

「偽善者ですよ、パーキンズさん、生まれながらの偽善者ですよ」メリウェザー奥さんがいっていた。「少なくともここ南部では、私たちはその罪を身に負ってはいません。そりゃああちらの人はね、彼らを解放しましたよ、だけどおなじ食卓でものを食べるなんて風景は、みられやしませんよ。少なくとも私たちはね、そうですとも、あなたたちは私たちとおなじ、ほんとにいい人たちだわ、だけどね、私たちのそばによってくるんじゃありませんよ、なんて、そんなことをいうようなペテンはやってないわよ。この南部で私たちがいってることは、あなたたちはあなたたち、私たちは私たちの生きかたをしましょうって、はっきりしてるのよ。」

自分の国の人のことになると

「あのね、あの晩、裁判所からでてきたら、ゲイツ先生が――階段のところで、私たちの前をおりていたのよ、ジェムはみていなかったんだわ――先生はね、ステファニー・クロフォードさんと話をしていたのよ。それがね、だれかがあの連中に教えてやるべきときだ、身のほどを知らないにもほどがある、だからつぎにあの連中ができるとおもっていることは、私たちと結婚することだってさ、そういうのがきこえたのよ。ジェム、どうしてヒットラーをあれほど憎んでいるのに、むきをかえて、自分の国の人のことになるとあんなに意地わるになれるのかしら――
― スカウト

メイコームも本来のメイコームにかえったが・・・

メイコームも本来のメイコームにかえった。昨年や一昨年とまったくおなじだった。ただ二つのちょっとした変化があっただけだ。

第一は、店のウィンドウや自動車から、いつのまにか<NRA(全国復興庁)――われわれは本分をつくす>と書いたはり紙がなくなったことだ。アティカスにわけをきくと、国家復興法(1933-35)がなくなったからだという。だれがなくしたのかときくと、九人の老人だといった。

メイコームにおこった第二の変化のほうは、とくに国家的重要性をもつというほどのものではなかった。これまでメイコームの万聖節(万聖節は11月1日 ハロウィンはその前夜)は、てんで勝手なものだった。(中略)メイコームの婦人たちは今年の趣向をかえた。ハイスクールの講堂を解放して、大人のためには劇をやり...

著者 ネル・ハーパー・リー

ネル・ハーパー・リー(Nelle Harper Lee, 1926年4月28日 - )は、アメリカの小説家。

ハーパー・リーはアラバマ州モンローヴィルで生まれ、アラバマ大学で法律を学び、次にイギリスのオックスフォード大学に一年間留学した。その後ニューヨークで航空会社の予約係として働き自活したが、作家として身を立てようと決心して仕事を辞め、南部の生活に関する一連の短編小説を書いた。編集者らの励ましを受けた彼女は、それら短編をもとに『アラバマ物語』を書き上げた。1960年に出版されたこの作品はベストセラーとなり、1961年にはフィクション部門でピューリッツァー賞を受賞した。1963年には映画化され、主演のグレゴリー・ペックが主演男優賞を獲得するなど三部門でアカデミー賞に輝いた。

作家トルーマン・カポーティは子供時代のハーパー・リーの隣人で、幼なじみであり、『アラバマ物語』に登場する少年ディルのモデルでもある。60年代中頃に、リーはカポーティと共に彼の小説『冷血』の取材助手として旅行した。カポーティは同作品を彼女に献呈した。当時のカポーティを描いた2005年の映画『カポーティ』では、キャサリン・キーナー演じるリーが登場し、『アラバマ物語』が映画化されたくだりも描かれる。

『アラバマ物語』以後リーは、少数の短いエッセイを除き、作品を上梓していない。公の場にもほとんど姿を現さないため、新たな作品に取り組んでいるとの憶測も(他のアメリカ人作家でいえばJ・D・サリンジャーやラルフ・エリソンと同様に)されている。

チャールズ・J・シールズによる 『アラバマ物語』を紡いだ作家 (MOCKINGBIRD A PORTRAIT OF HARPER LEE)(柏書房)という評伝も2014年に翻訳された。

2007年11月、81才のリーはその文化的貢献に対してジョージ・W・ブッシュ大統領から大統領自由勲章を授与され、ホワイトハウスでの式典に姿を見せた。

続編: 名作『アラバマ物語』 55年ぶりの新作

・Go Set a Watchman (見張り人を立てよ): A Novel, 2015/7/14

・Harper Lee: From Mockingbird to Watchman (作家ハーパー・リーを描いたドキュメンタリー映画)

 本作は、「アラバマ物語」の続編にあたる小説「Go Set a Watchman」が、前作から55年ぶりに出版される過程と、前作「アラバマ物語」が出版に至った経緯をたどり、ハーパーの家族と彼女の親しい友人や仕事仲間へのインタビューを通して、彼女を浮き彫りにした作品。 ...Read more

追記: 
「アラバマ物語」米作家 ハーパー・リーさん死去
2016年2月20日

世界的なベストセラー小説で、映画化もされた「アラバマ物語」で知られるアメリカの作家、ハーパー・リーさんが19日、アラバマ州で亡くなりました。89歳でした。

ハーパー・リーさんは1926年、アメリカ南部・アラバマ州で生まれ、地元の大学で法律を勉強したあとニューヨークに移って本格的な執筆活動を始めました。

1960年に発表した「アラバマ物語」は、人種差別意識が強いアラバマ州の町で白人女性を暴行したとされる黒人青年の裁判を担当した白人弁護士の苦悩を描いた作品で、アメリカで公民権運動が高まりを見せるなか、高い評価を受けました。出版社によりますと40か国語以上に翻訳され、世界で4000万部以上が発行される世界的なベストセラーとなりました。

「アラバマ物語」は1962年に映画化もされ、アカデミー賞では弁護士役を演じたグレゴリー・ペックさんが主演男優賞を受賞するなど3つの部門を獲得し、名作として知られています。
リーさんは「アラバマ物語」を発表したあと、ほとんど公の場には姿を現さず、新たな小説の発表もしませんでしたが、最近になって、リーさんが1950年代に「アラバマ物語」に先だって書いていた原稿が見つかり、去年出版されて大きな注目を集めました。

出版社や地元自治体によりますと、リーさんは19日朝、生まれ育ったアラバマ州モンロービルの介護施設で亡くなったということです。