2015年8月2日日曜日

book326 『高い城の男』 フィリップ・K・ディック (1984新訳)

本物 と まがいもの

【概要】                    

"The Man in the High Castle"(1962) by Philip Kindred Dick

1947年、第二次世界大戦が枢軸国の勝利に終わり、日本とドイツによって分割占領された。それから15年後の1962年、アメリカが舞台の人間群像劇。

歴史改変SFでは珍しくない設定だが、作品内世界で「もしも連合国が枢軸国に勝利していたら」という歴史改変小説が流行しているという点と、東洋の占術(易経)が同じく流行していて、複数の人物が易経を指針として行動するという部分が独創的である。

1963年のヒューゴー賞 長編小説部門を受賞。

ドイツ(発表・出版当時の西ドイツ)ではナチスドイツが勝利した世界と言う事から反ナチ法に抵触しているとされ発禁処分となっている。

【読むきっかけ&目的&感想】               

アマゾンがドラマ化しているという記事で知った本。「日本とドイツに分割統治されるアメリカ」を、アメリカ人作家がどのように描くのか?、と興味を持ったので読んでみた。私が読んだのは、川口正吉訳(1965)ではなく浅倉久志の新訳新装版(1984)。

さくら好み ★★★☆☆

ストーリー展開の面白さがイマイチ分からなかった、、、歴史の下調べをしてから読めばよかったかな。

とはいえ、古いミッキーマウス・ウォッチが高官への賄賂として使われているといったような世界観は面白かったし、人物描写や心理描写には臨場感があり面白かった。敗戦国アメリカ人のロバート・チルダンやフランク・フリンクに、ついついリアル日本人の辿った軌跡を重ね合わせて読んでいる自分に気付いて苦笑いしたりもした。訳者あとがきにもあったが、「本物」と「まがい物」の問題、というテーマが随所で考察されていて、特にラストには「?!やられた!」と思った。私がロバート・チルダンたちアメリカ人に同調したのも、実は作者の思う壺だったのね(笑。

【備忘録】                                          

◆ナチスドイツと日本が勝利した別の世界、リドリースコットがフィリップ・K・ディックのSF小説をドラマ化
2015/7/10

Amazonは10日、リドリー・スコット監督によるプロデュースの元で、撮影が進められているフィリップ・K・ディックのSF小説「高い城の男(The Man in the High Castle)」を原作にしたドラマの新しい予告編を公開した。

ドラマ版「高い城の男」は、Amazonのオンデマンドビデオサービスを通じてAmazon Primeメンバー向けに今秋から放送開始となることが予定されている。

「高い城の男」は第二次世界大戦に勝利したナチスドイツと日本の2ヶ国によって分割統治が行われれる1960年代のアメリカを舞台としたもので、密かに日本攻撃を行うことで世界の覇権を奪取することを計画しているナチスドイツと、そうしたナチスドイツの動きを諜報組織を使って内偵を進める日本との間の抗争をこの両国の分割統治を受けているアメリカを舞台に描くという異色の物語となる。

Amazonは、本格的な自主制作ドラマをAmazon Prime向けに提供することで、有料サービスとなるAmazon Primeのユーザー数拡大を狙う。



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主要な登場人物

ロバート・チルダン
アメリカ太平洋岸連邦で、アメリカ美術工芸品商会を経営する美術商。旧アメリカ合衆国の歴史的美術品を販売しているが、旧合衆国の歴史の浅さから100年ほど前の日用品やポスターなどを扱っている。

フランク・フリンク
太平洋岸連邦の工芸職人。ユダヤ系アメリカ人で、本名は「フランク・フィンク」。退役軍人でアメリカ本土決戦で戦い、終戦後も暫くはゲリラ作戦を続けていたが、やがて占領統治が進むにつれて武器を捨てた。職人としての腕前は良いが人当たり悪く、職場の工場をクビになっている。

ジュリアナ・フリンク
フランクの妻。美しい風貌をした黒髪の女性。フランクの貧しい生活に嫌気が差して別居、現在はロッキー山脈連邦のコロラド州キャノン・シティで暮らしている。柔道の有段者。易経にも精通している。

ジョー・チナデーラ
イタリア人の退役兵士。現在は合衆国市民で、貨物運搬の用心棒としてロッキー山脈連邦を訪れる。イタリア王国のミラノ出身で、浅黒い肌に黒い髪をした男性。地中海人種的な風貌から東側での人種政策で差別されている。

田上信輔(たがみ のぶすけ)
太平洋岸連邦の第一通商代表団の代表を務める日本人官僚。易経を精神統一の手段としてしばしば用いている。

ポール・梶浦(ポール・かじうら)
太平洋岸連邦の不遇地域生活水準向上調査委員会の日本人職員。美術品愛好家で、チルダンの店の常連客。

ベティ・梶浦(ベティ・かじうら)
ポールの妻。浅黒い肌に艶やかな黒髪をした女性。

役所の者が集まり吟味した贈り物が「ミッキーマウス・ウォッチ」

田上がいった。「失礼ですが、お贈りしたいものがございます」
「はあ?」
「特別なご配慮をいただけますように」田上はオーバーのポケットをさぐり、小さな箱をとりだした。「入手可能なアメリカ最高の美術品の中から厳選したものです」

「それはどうも」バイネスは小箱をうけとった。
「午後から役所の者が集まり、半日かけて吟味いたしました。これは滅びかけた旧合衆国文化の最高の遺物、過ぎ去りし平穏な時代の香りを残した珍品であります」

バイネスは小箱を開けた。中にはミッキーマウス・ウォッチが、黒ビロードの上に安置されていた。

この田上氏はおれをからかっているのだろうか? バイネスは目を上げ、田上の緊張した、不安げな顔を見てとった。いや、からかってはいない。

「どうもありがとう」バイネスはいった。「とても信じられないほどです」
「本物の1938年型のミッキーマウス・ウォッチは、全世界を探してもほんの数個、おそらく十個とは残っていないでしょう」田上は彼の顔をうかがい、彼の反応を、彼の謝意をむさぼうるように受け入れていた。「わたしの知っている収集家で、これを持っているものは一人もおりません」

協定分割線の日本側

彼の本名はフランク・フリンクという。東海岸のニューヨークで生まれ、1941年にアメリカ合衆国陸軍に召集された。ソ連降伏の直後だった。日本軍がハワイを占領すると、彼は西海岸へ送られた。終戦の時にいた場所も、協定分割線の日本側。そして15年後のいま、こうしてここにいるわけだ。

ドイツが宇宙の彼方で、日本はまだブラジル奥地の、

「天気はよろしい、まことによろしい。ただ、息ができぬだけ・・・・・」

しかし、それは事実なのだ。太平洋岸連邦は、惑星への移民になんの手も打っていない。南米の開発にかかりっきりなのだ―いや、泥沼に落ち込んだというほうが正しい。ドイツが宇宙の彼方で強大な無人建設システムをせっせと動かしているというのに、日本はまだブラジル奥地のジャングルを焼きはらって、もと首狩り族のために八階建ての粘土作りのアパートメントをこしらえたりしてる。日本が最初の宇宙船を打ち上げるころには、ドイツは太陽系全体をがっちりわがものにしていることだろう。古色蒼然たる歴史書の時代には、ヨーロッパの列強がそれぞれの植民地に最後の仕上げを加えているのを、ドイツは指をくわえてながめていたのものだ。しかし、とフリンクは考えた―こんどのドイツは、決して立ち遅れはしない。やつらは苦い教訓をまなんだのだ。

そこまできて、彼はアフリカのこと、そこで行われているナチスの実験のことを思い出した。とたんに彼の血は血管の中で動きをとめ、それからおずおずとまた流れはじめた。

あの巨大でからっぽな廃墟。

イタリアは戦争に勝ったんじゃないの?

「ねえ」ジュリアナはいった。「あっちじゃ・・・いい仕事の口がすぐに見つかるかしら?」 若い運転手が答えた。「見つかるさ。皮膚の色さえまともならな」

そういう本人は浅黒い。思案気な顔と、黒く縮れた髪の毛をしていた。急に表情が苦くきびしいものになったようだった。

「やつはイタリア移民なんだ」年上のほうがいった。「でも、イタリアは戦争に勝ったんじゃないの?」ジュリアナは若いトラック運転手を見てにっこり笑いかけたが、むこうは笑顔を返さなかった。逆に、陰鬱な目がいちだんと激しく燃えあがり、ぷいと顔をそむけた。

ごめん、とジュリアナは心の中で思ったが、口には出さなかった。あたしにはあなたもだれも救えない。肌の色はどうにもしてやれない。

それにひきかえ、わたしは

ロバート・チルダンはぱっと顔が赤らむのを感じ、新しく注がれたばかりのグラスの上に背をかがめて、この家のあるじから顔を隠した。最初からなんというひどい失態を演じたもんだろう。大声で政治を論じるという、ばかなまねをやらかしてしまった。しかも、無礼にも異論を唱えたりして。招待側がうまくとりなしてくれたおかげで、やっとこの場が救われたようなもんだ。私はまだまだ修行がたりない、とチルダンは思った。彼らは上品で礼儀正しい。それにひきかえ、わたしは―白い野蛮人だ。まちがいなく。

すっかり焼き上がらないうちに窯からとり出された

浅黒くきめの細かい肌、黒い髪、黒い瞳。これに比べたら、われわれ白人は生焼けだ。すっかり焼き上がらないうちに窯からとり出されたんだ。あのインディアンの神話、あれは真実をついている。

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訳者あとがき

1960年代の前半は、ディックの創作意欲が最も高揚した時期といわれるが(たとえば、1964年には、『火星のタイムスリップ』をはじめ、実に4冊もの長編を発表している)『高い城の男』はその時期の劈頭を飾るのにふさわしい力作である。

第二次世界大戦の勝敗が逆転した世界という発想は、よほど小説家に好まれると見え、最近(注:1984現在)出た『SF・アンド・ファンタジー・リスト』という本には、”ヒトラー25の勝利”という項目の下に、25篇もの長・短編がリストアップされているほどだ。新しいところではレン・デイトンの『SS-GB』が有名だが、『高い城の男』以前にもサーバンの『角笛の音の響くとき』('52年)や、C・S・フォレスターの「もしヒトラーが英国に侵攻していたら」('60年)などの先例がある。

しかし、小説世界の中で、登場人物たちがさらにその逆の世界を描いた小説を読みふけるという、二重構造を考え出したのはディックの独創である。

”現実”の歴史と”虚構”の歴史の対立以外にも、この小説では歴史的工芸品と偽作、登場人物たちが自分の正体を隠すために使うカムフラージュ工作など、いろいろのかたちで、ディック作品の中心テーマの一つである本物とまがいものの問題が徹底的に考察されている。

ヴァ―テック誌 '74年2月号 インタビュー
わたしにとって小説を書く上での大きな喜びは、ごく平凡な人物が、ある瞬間に非常な勇気でなにかの行動をするところを描くことだ。その行動によって彼はなにも得をするわけではなく、現実世界に名前が残るわけでもない。とすれば、その本は彼の勇気を讃える歌なのだ。 
作家というものは、作品を通じて不朽の生命を得たがっている、いつまでも記憶に残る存在になりたがっている、と思われている。だが、それはちがう。わたしの願いは、『高い城の男』の田上氏いつまでも記憶に残ることだ。わたしの本の登場人物は、わたしが実際に見てきた人びとの合成物であり、彼らが記憶に残る方法は、わたしの本を通じて以外にはない。
このインタビューで、ディックは’61年ごろから『易経』を日常の行動指針として使いはじめたことを認め、そして「小説のプロットを作る上で利用したことがありますか?」というインタビュアーの質問にこう答えている―
一度だけ、『高い城の男』で使ったことがある。登場人物がそれを使うからだ。彼らが占いを立てるたびに、わたしはコインを投げ、そこで得られた卦を書いていった。終りのほうで、ジュリアナ・フリンクがホーソーン・アベンゼンに、彼が命を狙われていることを知らせるべきかどうかと、占いを立てるところがある。得られた卦は、知らせるべきだ、というものだった。もし、ここで『易経』が、知らせるな、と告げていたら、わたしは彼女をアベンゼン邸に行かせなかったろう・・・・・

著者 

フィリップ・キンドレド・ディック(Philip Kindred Dick, 1928年12月16日 - 1982年3月2日)はアメリカのSF作家。

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追記1

旭日旗とナチスのデザインで物議、アマゾンがNY地下鉄の広告撤去
2015年11月25日


【11月25日 AFP】米インターネット小売り大手アマゾン・ドットコム(Amazon.com)がニューヨーク(New York)の地下鉄に掲示した、ナチス・ドイツ(Nazi)の鷹の紋章と日本の帝国主義の象徴とされる旭日旗のデザインを使用したドラマ広告が、非難が殺到したために撤去に追い込まれた。

 米国旗に日独の両シンボルを融合させたこの広告は、同社制作のドラマ「The Man in the High Castle(高い城の男)」のプロモーションとして、ニューヨーク州都市交通局(MTA)から許可を得た上で、タイムズ・スクエア(Times Square)を走る地下鉄の座席を塗り替える形で掲示された。

 先月放映が始まった同ドラマは、フィリップ・K・ディック(Philip K. Dick)の同名小説が原作。第2次世界大戦(World War II)に敗れ、東部をナチスに、西部を日本に占領された1960年代の米国を舞台にした架空のシナリオが展開される。

 広告については、第2次世界大戦とホロコースト(ユダヤ人大虐殺)の生存者の感情を害するものだとして、ニューヨーク市のビル・デブラシオ(Bill de Blasio)市長などが広告の撤去を呼び掛けていた。当局者がAFPに語ったところよると、広告は当初、来月まで掲示される予定だったが、現在、撤去作業が進められているという。(c)AFP

追記2

すっぴん!「愛と独断のサブカルチャー講座」 NHKラジオ第1
2015年11月30日(月) 愛と独断のサブカルチャー講座『高い城の男』