2015年9月19日土曜日

book328 『飼い喰い 三匹の豚とわたし』 内澤旬子 (2012)

家畜にとっての「天寿」とは何なのか

著者からのメッセージ】         

 2007年に『世界屠畜紀行』という本を書きました.十数年間,牛や豚が肉となるところを見続け,彼らの「生前」の姿を知りたくなり,豚を自分で飼うことを思い付きました。

 『飼い喰い』は,養豚が盛んな千葉県旭市にひとりで家を借り,豚小屋を作り,品種の違う三匹の子豚を貰い名付け,半年かけて育て上げ,屠畜し,食べるまでの,養豚体験ルポルタージュです。

畜産の基本は,動物をかわいがって育て,殺して食べる。これに尽きます。三匹との愛と葛藤と労働の日々に加え,現代の大規模畜産での豚の受精,出産から食卓にあがるまでの流れも,併せて取材しています。豚肉を食べるすべての方々に,読んでいただきたいです。イラストもたくさんついてます。よろしくお願いします。 more info

【読むきっかけ&目的&感想】               

生き物を飼って殺して食べるという事にどう向き合ったかを、作者・内澤旬子を通して疑似体験してみようと思い読んでみた。

この本を知ったのは、既に放送終了してしまったTBSラジオ「ニュース探究ラジオ Dig」のポッドキャストでだった。それが2012年の春。同著者の『世界屠畜紀行 ~屠畜場イラストルポ(2007)』『身体のいいなり(2010)』が面白かったのでいずれ読んでみたいと思っていたが、ずいぶん時が過ぎてしまった。

さくら好み ★★★★★

本を読みながらいくつかの事を思い出し、それを内澤さんの心情に重ね合わせて、納得したり、疑問に感じたり、驚いたりした。「飼い喰い」ほど強烈ではないものの、わたしの体験の中にも共通する何かがあり、それが内澤ワールドを身近に感じさせてくれた。

以下、感想ではなく思い出したいくつか。

以前、初めて畜魂碑を見た時、生き物を殺して食べているということを何だかとてもリアルに感じた。それは鮎尽くしを食べに岐阜県の山奥に行った時のことで、駐車場から川辺に建つ食事処へ歩いて移動する途中にあった。鮎の畜魂碑。それを見て、ああ、これから命を頂くのだな、と改めて認識し畏敬の念を抱いたものの、そのすぐ後、目の前で炙る塩焼き、レモンの酸味が美味しい唐揚げ、あっさりした身が混ぜ込んであるご飯、ピリッとする韓国風タレの刺身などを目の前にしてからは、ただただ単純に美味しいと頬張るだけで、畜魂碑を見た時の気持ちは霧散してしまっていた。でも今も、この畜魂碑を見た時の気持ちを思い出すことがある。

水族館でマイワシのトルネードを見た時、キラキラ光ってとても新鮮に見えたので、わたしは「・・・美味しそう」とつぶやいた。そしたら、一緒に行った人に「えっ!?」と引かれてしまったことがある。水族館の水槽のイワシを料理屋の生け簀の魚のように見たのに違和感を持ったのだろう。その感覚ももちろん分かる。でも、その線引きの意味ってなんだろうとも思った。水族館のイワシ、料理屋のイワシ、そして海のイワシ。。。

動物を食べるために殺すのではない場合もある。少し前にとっても話題になっていた「ジンバブエのライオン・セシルが、アメリカ人歯科医のハンターに殺された」というニュース。ライオンにどんなイメージを持っているかによって、その反応が様々なのに驚いた。動物園のライオンあるいはアニメのライオン・キングなどを基にした場合と、家畜を殺し人を襲う害獣だという認識を持っている場合では180度違っている。このニュースに限らず、動物を殺すという事実が一つであっても、属する文化圏によって見え方が違うという場合はままある。

この本を通じて、命と向き合うという事がどういう事なのかを考えさせられたし、また今後も考えていきたいと思った。

【備忘録】                                          

畜魂碑と畜霊祭

畜魂碑を建てるという文化を持つ国は、日本の他にない。いや、探しているのだが、いまだ見つからない。台湾の台北市北投地区の市場跡で畜魂碑を見つけたけれど、それは植民地支配時代に日本人が「無理矢理」建てたものだ。2005年に訪ねた時には、市場のあったところは公園となり、畜魂碑はバスケットコートの片隅でごみと雑草に埋もれていた。

チャイニーズでこれだ。欧米人に畜霊(魂)碑について話すと信じられないとばかりに笑われる。かわいそうだから鯨を食べるなというくせに。鯨なんか、最上級の戒名が付けられて葬られているところだってあるのだが。

鮮やかな紫色と山吹色の袈裟をまとった二人の僧侶がやって来て畜霊祭がはじまった。机に白い布がかけられた祭壇には、いつのまにか熨斗つきの一升瓶がずらりと並び、焼香箱が三つ並べられていた。

口蹄疫騒ぎで牛豚を殺処分「かわいそう」と言う農家に違和感というネットの反応

宇野さんは、伸の生育が悪いのをとても心配して、
「だから中ヨークはものすごくデリケートなんだよ。いちばん元気なのを選んだのに、やっぱりストレスに弱いから、LWDと一緒には無理だったんじゃないか」と言う。

ほんとうにそうだったかもしれない。何も知らずにこんな飼い方をしてごめんなさい、としか言いようがない。あの、実はLWDからのいじめが常習化してまして・・・・・・・と白状したとたんに、それでは中ヨーク本来の味が出ない!と、ものすごい形相になった。ほんとうに豚がかわいくて、大事で、おいしくしたくて、しかたがないのだ。

食べる豚はペットじゃないんだから、かわいがってはいけない、と言ったのも宇野さんなのだが、かわいくないわけではないのだ。他の農家も思いはきっと同じだ。

2010年、宮崎県で起きた口蹄疫騒ぎで、感染を防ぐために殺処分せざるをえなかった牛豚に対し、もともと商売として飼って屠畜場に送り出すものなのに「かわいそう」と言う農家に違和感を持ったという意見が、ネット上に上った。畜産の現場から離れたところから見れば、そう思えるのかもしれない。

でも違うのだ。畜産は、そんな単純なものではない。自分がやってみて思ったのは、生き物を育てていれば、愛情は自然に湧く、ということだ。多頭飼いすれば、ペットとは感覚が違ってくるが、それでもまず健やかに育ってほしいと思わなければ、豚は(牛も鶏も)育たない(とくに牛は頭数も少なめなので、一頭ごとへの個別の愛情が湧きやすいと思われる)。経済的な打撃を受けてがっかりしているのはもちろんだが、それだけではないのだ。

「健やかに育て」と愛情をこめて育てること、それを出荷して、つまり殺して肉にして、換金すること。動物の死と生と、自分の生存とが(たとえ金銭が介在したとしても)有機的に共存することに、私はある種の豊かさを感じるのだ。大規模化して薄まっているとはいえ、やっぱり畜産の根本には、この豊かさがある。そのことを、食べる側の人たちにも、もっともっと実感してもらえたらいいのに。

豚の脂と品種改良

かつては豚の脂が、肉より高く取引されていた時代もあった。終戦直後の日本では、カロリーを摂取することが優先されたためだ。屠畜場では、屠体を形成する時に出る脂の切れはしを長靴に溜めて持ち出して売ると、いいお金になったという。

アメリカでもヨーロッパでも、過酷な条件下で働いていた労働者たちの生活には、ラードの摂取は欠かせなかった。赤身肉よりはむしろ脂を食べるものだったのだそうだ。ヨーロッパで作られたベーコンにせよソーセージにせよ、厚い脂もそのまま使う。アメリカでは20世紀初頭まで豚は、あえて脂肪が厚くつくよう、品種改良されてきていた。その厚みは8センチもあったそうだ。

第二次世界大戦以降、機械化にともない、過酷な肉体労働者が減り、高カロリーな食事の必要性は減少する。健康志向も高まり、動物性脂肪は嫌われ、現在では少しでも背脂肪の薄い、赤身肉を少しでもたくさん取れる豚が求められるようになっているのだ。

奇妙な感覚

「ちょっと待って、内澤さんにも食べさせて」と声を上げた。
ぴたりとみなさんの手が止まり、視線がこちらに集まる。注目されるのは苦手だが、ここは肚をくくるしかない。いささか緊張しながら、タレをつけて柚子を絞りぱくりと口に運んだ。

噛みしめた瞬間、肉汁と脂が口腔に広がる。驚くほど軽くて甘い脂の味が、口から身体全体に伝わったその時、私の中に、胸に鼻をこすりつけて甘えてきた三頭が現れた。彼らと戯れた時の、甘やかな気持ちがそのまま身体の中に沁み広がる。

帰って来てくれた。

夢も秀も伸も、殺して肉にして、それでこの世からいなくなったのではない。私のところに戻ってきてくれた。今、三頭は私の中にちゃんといる。これからもずっと一緒だ。たとえ肉が消化されて排便しようが、私が死ぬまで私の中にずっと一緒にいてくれる。

こんな奇妙な感覚に襲われるとは、私自身、ほんとうにほんとうに思いもしなかった。

他の生命体を取りこんで生存を図らねばならないようにできている

それなりに敬意は払ってはいても、ちゃんと信仰する宗教をあえて持とうとしなかった。そしてこの十数年、万の単位で屠畜されゆく家畜を眺めながら、私は彼らに対して、かわいそうという言葉を使うことを自分に禁じてきた。倫理でとらえる以前に、地球上の生命体の全てが他の生命体を取りこんで生存を図らねばならないようにできている以上、それはそうであるもの、前提としてとらえるべきだと思ってきた。

肉食をやめる、つまりとりこむ生命体を選んだところで、何かを殺していること自体に変わりはない。どこにボーダーを引くのかは、人間の暮らす社会の都合次第でいかようにでも変わる。そこに正義も善悪も真理もない。その生物を食べたいのか、食べたくないのか、種として残したいのか、残したくないのかがあるだけだ。それは人間の意志であり、エゴと言ったら言い過ぎだろうか。

むしろ肉として食べながら、殺すこと、屠畜することを忌み嫌うように仕向け、時には屠畜どころか食肉全般の仕事に対して差別すら生んでしまう社会のありかたや、宗教、人々の気持ちと向き合い、なぜなのか、なぜなのか、と繰り返し問うてきたのだ。

答えはいまだに出ない。出しようがない。差別は小さくすることはできても、人が動物を殺すときに感じる罪悪感のすべてを消すことは、できないだろう。そう感じてしまうのを、理性と教育だけで止めることはできないかもしれない。

「ありがとう。いただきます」

肉を食べる時に「ありがとう。いただきます」と言うことは良いことだ。けれども、私にはそれが時として、消すに消せない罪悪感に被せる免罪符のように聞こえてしまい、その違和感にずっと立ちつくしてきた。

豚に名前を付けて飼って、思い切り感情移入してみれば、かわいそうと言いたてる気持ちも理解できるかと思った。屠畜の瞬間には、かわいそうとは思ったものの、やっぱりそれよりもかかわってくださったみなさんへの感謝が大きく勝った。よくぞちゃんと殺してくださった、切り分けてくださったと、今でも思う。

けれどもこの感覚は何だろう。私がかわいがって育てあげ、私が殺し、私が食べた三頭。その三頭が死後も消化後も排泄後も、私とともにいるという感覚。

今現在も、私は三頭の存在を体内に残している。これだけは今後も決して揺らがない。ここを礎に私は新たに動物を食べることを考え続けて行くしかないだろう。この知覚を授けてくれた三頭に、私はようやく感謝の言葉を心から言うことが出来る。

私のところに来てくれて、ほんとうにありがとう、と。

三頭の頭がい骨

頭がい骨をじっと見ていると、額やあごの形が、たしかに伸だとわかる。前歯の歯並びがすごく悪い。だから甘噛みしかできなかったんだなあ。半割状態の夢と秀の頭がい骨とともに私の部屋の特等席に鎮座している姿は、奇妙な祭壇のようにも見える。骨がなくとも、三頭とともにいるのは変わらないのであるが、置いてしまえばそれはそれ。

頭がい骨に、つい水と塩を供えて、手を合わせてしまう自分に苦笑いしつつ、今もやめられないでいる。

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