2015年10月4日日曜日

book330 『コンテンツの秘密 ぼくがジブリで考えたこと』 川上量生 (2015)

コンテンツとは何か?
クリエイティブとはなにか?
オリジナリティとはなにか?
コンテンツの情報量とはなんのことか?

【概要】                    

宮崎駿や高畑勲、庵野秀明など、トップクリエイターたちはどのようにコンテンツをつくりあげているのか? コンテンツの情報量の仕組み、マンネリを避ける方法、「高そうに見せる」手法など、ヒットコンテンツの背景にある発想のありかたを鋭く読み解く。ジブリ見習いプロデューサーにしてメディア界の若きリーダー、初のコンテンツ論!
目次 
第1章 コンテンツの情報量とはなにか?
     ――「脳に気持ちのいい情報」を増やす 
第2章 クリエイターはなにをアウトプットしているのか?
     ――「イケメン・美女」を描くのが難しい本当の理由 
第3章 コンテンツのパターンとはなにか?
     ――パターンをズラす、そしてお客とシンクロする方法 
    1 コンテンツの分かりやすさ
    2 パターンをいかにズラすか
    3 クリエイターはどこで勝負するのか
    4 いかにお客とシンクロするか 
第4章 オリジナリティとはなにか?
     ――天才の定義、クリエイティブの本質はパッチワーク

【読むきっかけ&目的&感想】               

『鈴木さんにも分かるネットの未来』のついでに読んでみた。

さくら好み ★★★☆☆

この本を読んでいた頃、佐野さんの五輪エンブレムが世間を騒がせていたのもあって、「オリジナリティとはなにか?」など、とても興味深く読ませてもらった。

他にも思い出したのが、以前見たマーク・ロンソン(音楽プロデューサー・DJ)のTEDトーク「サンプリングが 音楽を変えた」。通じるものがあると感じた。

ただ、、、面白かったけど、最終章にちょっと物足りなさも感じた。

【備忘録】                                          

UGC*はワンパターンになりやすい?!

一般にユーザーが望むコンテンツのパターンというのは、実は少ないのです。ユーザーの欲望に忠実であろうとすればするほど、できあがるコンテンツは画一化してしまいます。UGCサイトではユーザーが無料でたくさんコンテンツをつくるから、競争の結果質も上がるし、多様性もあるというのは嘘であり、競争をおこなえばおこなうほど多様性は減っていくのです。

ストーリーか表現か

映画をつくるとき、何をいちばん重視するかは人によって違います。鈴木敏夫プロデューサーは、よく会話の中で「ストーリーか表現か」とひとりごとのように言うことがあります。

「すべての大監督は最終的に表現に行った」というのは、鈴木さんがよく使う言い回しです。

映画を見て、話しのつじつまが合わないと文句を言う人がよくいるけど、話しのつじつまなんか合ってなくたっていいんだそうです。
「観客は映画のなにを見ているのか? という問題なんですよ」
と鈴木さん。

「本当に凄い映画を見たときは、観客はストーリーなんて気にしない」とも言います。よく、ストーリーのつじつまが合っていないことにケチをつける人がいるけど、問題なのはつじつまが合ってないことではなく、映画がおもしろくなかったことなんだそうです。だからこそ、つじつまが合わないことが気になる。そう鈴木さんは断言しました。

試行錯誤のプロセスだけを別の人に委ねる

自分の知っているパターンの組み合わせでコンテンツをつくるとは、言い換えると自分の脳にヴィジョンをつくることができるということです。自分の脳にヴィジョンがない場合は試行錯誤が必要です。ときにはコンテンツをつくる過程で、試行錯誤を重ねながらヴィジョンを模索していくことになります。

新しいパターンのコンテンツをつくろうとする場合は、基本的には試行錯誤が必要です。ぼくの見立てでは、クリエイターはほとんどランダムに試行錯誤を重ねているようです。

人間の脳は新しいものをつくるのは基本的に苦手ですが、新しいものを見て、良いか悪いかを判断するだけであれば得意です。なので実際には、ランダムに試行錯誤した結果を自分の脳で判断して良いか悪いかを決めているのだと思います。

そうすると、その試行錯誤のプロセスだけを、誰か別の人に委ねるという戦略が生まれます。

最初のアイデアを誰かに考えてもらうのです。自分で試行錯誤をするよりも他人に試行錯誤してもらったほうが、自分にはつくれないヴィジョンのパーツが手に入りやすい、つまり、インスピレーションが湧いてくるのです。

こういった作品のつくり方は、ぼくが知るかぎり、かなり一流のクリエイターでも使っている、というよりむしろ、一流のクリエイターほど使っている手法のように思います。

他人のアイデアを否定して、使えそうな部分だけを取り込む

ゼロからコンテンツを生み出すのは大変なのです。そのきっかけをつくる方法として、他人のアイデアを否定して、使えそうな部分だけを取り込み、自分のヴィジョンを固めていくという作業をおこなっている人はとても多いように見えます。

一見、これは他人のアイデアを利用しているように見える行動です。

しかし、時間軸を広げてクリエイターの人生までを考えると、きっと同じような情報処理を積み重ねるなかで、クリエイターとして成長してきたと考えるべきではないでしょうか。たくさんのコンテンツを消費するなかで、あるものは素晴らしいと思い、あるものは駄作だと思い、ある作品には良い部分も悪い部分もあるというようにして、自分のなかにコンテンツの元になるヴィジョンをつくる能力を成長させてきたのがクリエイターの歴史だと思うのです。

オリジナリティとはなにか

情報処理という観点からクリエイターがおこなっている創作のプロセスを検討すると、ぼくが得た結論は、すべての創作物はクリエイターの過去の経験が元になっているというものです。そして過去の経験とは人生経験だけではなく、クリエイターが過去に摂取したコンテンツすべてを含むものでしょう。

クリエイターは基本的に自分の人生で取り込んだ情報を外に出しているだけで、本質的に新しい情報を生み出しているとは、この流れだけでは考えにくいと思います。

しかし、クリエイターがなにかを生み出していることは間違いありません。その源泉はなにかということを考えたのです。基本的には以下のパターンで、オリジナリティというものが生まれると思います。
  • 脳のヴィジョンを再現する能力が技術的に不足しているため、偶然に、なにか違うものができてしまう
  • 意図的にでたらめな要素を入れコンテンツをつくる
  • パッチワーク的に、自分がつくっていない要素をパーツとして利用する結果、自分がつくっていない要素が原因で"奇跡"が生まれる
  • いままでの自分が知っているパターンを切り貼りして、新しい組み合わせのパターンをつくる
これらが、コンテンツにオリジナリティがあるように見える原因である。それは本質的にはすべて偶然であるか、もしくは既存のものの見え方を変形したものである。これが、コンテンツをクリエイターとはなにかということについて、たどりついたぼくの結論です。