2015年11月1日日曜日

book333 『謎の独立国家 ソマリランド ~そして海賊国家プントランドと戦国南部ソマリア』 高野秀行 (2013)

終わりなき内戦が続き
無数の武装勢力や海賊が跋扈する
「崩壊国家」ソマリア
その中に
独自に武装解除し 十数年も平和に暮らしている
独立国家ソマリランドがあるという

果たして そんな国が本当に存在しえるのか?

【概要】                    


ソマリ人はアフリカの東端、一般に「アフリカの角」と呼ばれる地域に住んでいる。主に五つの大きな氏族に分かれ、かつての「ソマリア」の他、ジブチ、エチオピア、ケニアにまたがって暮らしている。

かつての「ソマリア」は氏族ごとに団結と分裂を繰り返し、現在は多数の武装勢力や自称国家、自称政府が群雄割拠しているが、大まかには「独立国家・ソマリランド」、「海賊国家・プントランド」、「戦国・南部ソマリア」に分けることができる。

『謎の独立国家ソマリランド』は、2013年に第35回講談社ノンフィクション賞を受賞。R-40本屋さん大賞ノンフィクション・エッセイ部門で1位



【読むきっかけ&目的&感想】              

内澤旬子さんの『飼い喰い』のあとがきで知った高野秀行さんが書いた本。面白そうだったので読んでみた。
*自身の作品も含めた「エンターテインメント的なノンフィクション」を、雑誌『本の雑誌』2007年8月号の誌上で「エンタメ・ノンフ」と命名。2009年1月には、宮田珠己、内澤旬子と「エンタメノンフ文芸部」を結成。 by wiki
さくら好み ★★★☆☆

【備忘録】                                          

2009年の春

ソマリランドに行こう―。2009年春、ついにそう思いたった。だが初っ端から難問にぶち当たった。どうやって行けばいいのかわからないのだ。

謎の国ソマリランド

ソマリランド共和国。場所は、アフリカ東北部のソマリア共和国内。

ソマリアは報道で知られるように、内戦というより無政府状態が続き、「崩壊国家」という奇妙な名称で呼ばれている。国内は無数の武装勢力に埋め尽くされ、戦国時代の様相を呈しているらしい。

そんな崩壊国家の一角に、そこだけ十数年も平和を維持している独立国があるという。それがソマリランドだ。国際社会では全く国として認められていない。「単に武装勢力の一部が巨大化して国家のふりをしているだけ」という説もあるらしい。

不思議な国もあるものだ。建前上国家として認められているのに、国内の一部(もしくは大半)がぐちゃぐちゃというなら、イラクやアフガニスタンなど他にもたくさんあるが、その逆というのは聞いたことが無い。ただ情報自体が極端に少ないので、全貌はよくわからない。まさに謎の国。

ビザはどこで・・・? ダメ元でググると

行くとすれば・・・、いや、その前にビザの問題がある。どこの国のどんなビザがいるのか。もしかすると、ソマリアのビザで行けるかもしれない、ソマリアのビザをどこで取得するのか。統一政府がないのである。

ミャンマー領内の国家モドキでは、隣国のタイや中国から密入国が常道だった。だが、ソマリランドは国家度の桁が違いそうだ。ソマリランドでビザを発給しているかもしれない。そう、いくら世界中で認められていないと言っても、本人は「国家だ」と言い張っているのだ。しかし、どこで取得する?

ダメ元でグーグルの検索に「ソマリランド共和国」と打ち込んでみた。驚いたことに、「ようこそ、ソマリランドへ!」と英語で記された立派なソマリランド共和国のホームページが出現した。

なんとビザ申請用紙がダウンロードできるようになっていた。至れり尽くせりで、問題といえばその用紙をどこに申請すればいいのか、何も書いてなかったことくらいである。

困り果てた挙句・・・

千葉県のソマリランド人

ソマリランドの名前を知る者は、中野さん(ケニア・ナイロビ在住のカメラマン)の他にもう一人いた。私が早稲田大学の探検部に所属していたときの後輩で、今は毎日新聞外信部の記者である服部正法だ。彼と飲みながら話していたら、「ソマリランドは僕もすっごく興味あるんですよ」と言っていた。でも彼もソマリランドに行ったことはなかった。

私は現地コネクションは諦め、ぶっつけでソマリランドに行こうと腹をくくり、旅の準備を進めていた。それが、明日アフリカへ向けて発つという日の午後、服部から電話がかかってきた。

「高野さん、大事なことを言い忘れていました。実はソマリランド人が一人、日本にいるんです。その人、ソマリランド独立の英雄とかで」 「ええっ!?」

千葉県の東金。イブラヒム・メガーグ・サマター(高野秀行オフィシャルブログ/wiki)というその人物は、城西国際大学で経済学を教えているという。幸いなことにその場で電話をすると、緊急の面談を快諾してくれた。

出発の当日、私は大きなザックを背負い、常磐線と東金線に揺られていた。みずみずしい田園風景を見ながら、半砂漠の遊牧民として知られるソマリア人が一体どうしてこんな場所に流れてきたのだろう、しかも独立の英雄なのに・・・・・という疑問でいっぱいになった。

現地で頼りにすべき人が大統領!?

だが、何も訊く時間はなかった。挨拶もそこそこに、「時間がないんです、ソマリランドで誰か信頼できる人を紹介してください」と私は息を弾ませて言った。

「わかった」褐色の肌に白い髪と顎鬚をたくわえ、ストライプのスーツがよく似合うダンディーな教授は、デスクの上にちらばるプリントを一枚ぺろんとめくると、裏にボールペンで、「1 ダヒル・リヤレ・カヒン大統領」と書いた。

今までいろんな人に世話になってきたが、現地で頼りにすべき人が大統領というのは初めてだった。ちなみに「2」は「与党の党首」で、「3」は「第一野党の党首」、「4」は「大統領スポークスマン」だった。しかも、名前と肩書きのみで、電話番号もメールアドレスもない。「行けば、誰かが教えてくれる」と簡潔に教授は述べた。


独自の通貨「ソマリランド・シリング」を使用

まず、訪れたのは中央市場の両替屋街。ソマリランドでは、ホテルや電話会社、それに車のチャーターなどは米ドルを使用しているが、意外なことに、日々の生活では独自の通貨「ソマリランド・シリング」を使用しているという。

私が今まで訪れたミャンマーの「国モドキ」や「自称国家」では、そこから独立しているはずのミャンマーの通貨や隣の中国の人民元を使っていた。本当に自前の通貨を持っている自称国家は初めてだ。

私たちも当然両替の必要があるからそこに行ったわけだが、到着するなり、あまりの光景に吹き出してしまった。

ござを敷いた上に、輪ゴムで留めた札束がまるで日干しレンガのように、ごろごろと無造作に積み上げられているからだ。実際に一輪車で運んでいる男たちもいる。繰り返すが、札束をだ。


「この紙幣はソマリランドで刷っているの?」とワイヤッブに訊くと、「まさか。うちの国にそんな技術はないよ」と笑った。「ロンドンで刷って空輸しているんだ」

札を作る技術がないどころか、よく聞けば、新しい札の型を作るカネもないらしい。インフレの結果、通貨の価値が下がっても、新しい札の型を作れない。だから、15年以上前の札をたくさん刷るしかないのだという。

2009年当時、1ドル=約7000シリング。なのに、札は500シリングのみ。つまり、14枚でやっと1ドルである。とりあえず50ドルを換えたら、片手で持ちきれず、黒いビニール袋に入れてもらった。

だが、この両替屋街はソマリランドの秩序ある独立国家ぶりを示す象徴でもある。なぜなら、いくらインフレがひどいとはいえ、独自の通貨をもつのは大変なことだ。初期費用は相当の額だったろうし、イギリス政府に話を通すだけの外交能力も必要だ。さらに札を定期的に刷って輸送し、きちんと管理する。そして何よりも住民の支持がなければ不可能だ。国軍兵士や警察官を含めて、国家公務員の給料はこのソマリランド・シリングで支払われるのだ。

ここには米ドル以外に、ユーロ、エチオピアのブル、アラブ首長国連邦(ドバイを含む)のディルハムも両替ができる。そういった「外貨」もここにはたんまりあるはずなのに、しかも人がわさわさした市場のど真ん中にあるのに、銃を持った護衛もおらず、緊張感の欠片もない。

「(南部)ソマリアではありえないよ」とワイヤッブは言うが、それを言うなら世界のどこでもありえない。

どれを頼んでもびっくりするほど美味い

意外だったのは料理の質である。気象の激しい遊牧民だから、筋張った固くてまずい肉をバリバリ食いそうだが、そうではない。

ここでの庶民料理は、どれを頼んでもびっくりするほど美味い。それもいわゆるエスニックな美味さでなく日本的なのだ。味がマイルドで、肉は軟らかく、火の通りかたや塩加減、油の量など、何をとっても日本人の標準値に近い。トウガラシやその他のスパイス、ハーブも使わないではないが、ごく控えめだ。その代り、食べる前にライムを絞って振りかけるのを好む。

「氏族」は「部族」と全く別の概念である

「氏族が」がソマリ人にとって核心的な要素だというのは日本を出る前からわかっていた。ソマリランドはかつて(そして南部ソマリアは今に至るまで)氏族単位で内戦を行っていたからだ。

「氏族」は、「部族」と全く別の概念である。

ニュースや国際情勢関連の本では、いまだによく「部族」という言葉が使われる。部族とは英語のtribeの和訳だが、現在国際的にはtribeの使用は学問の世界でもジャーナリズムでも減ってきている。なぜかというと、tribeはアジアアフリカ、南米など欧米から見て「遅れている」という地域でしか使われないからだ。差別用語に類する語という認識が強まっているのである。

tribeが使用されなくなっているもう一つの理由は、定義が曖昧だからだ。そこで最近は、同じ言語と同じ文化を共有する人々をethnic group(エスニック・グループ)と呼ぶ。日本語では「民族」でよいと私は思う。

一方、同じ言語と文化を共有する民族の中に、さらに明確なグループが存在することがある。文化人類学ではclan(氏族)と呼ばれ、「同じ先祖を共有する(あるいはそのように信じている)血縁集団」などと定義されている。

だが、日本のメディアやジャーナリストはいまだにtribeの訳語である「部族」なる語を使い続け、民族と氏族の両方にあててしまう。そこに誤解や混乱が起こる。

旧ソマリアはアフリカには珍しく、国民の95%以上が同じソマリ民族だった。言語と文化を共有する同一氏族なのである。

そして彼らが戦闘を行うのは氏族の単位である。これが他のアフリカ諸国と決定的に違う。むしろ、リビアやイエメンなど中東諸国に近い(そちらも日本では「部族社会」とか「部族間の抗争」と呼ばれるが、実際には「氏族社会」「氏族間の抗争」であることが多い)。

氏族は 定住民にとっての「住所」

・・・・・「わかるんだよ。自己紹介で氏族を全部聞くから(ソマリの氏族構成は複雑で長い)。同じ氏族なら絶対に共通の知り合いがいるし、他の氏族でも誰かしら友だちや知り合いや妻の親戚やら妹の夫の親戚とかいるんだ。そこで嘘を言えば絶対にばれる。だから、俺たちはいつも相手が誰か知っている。だから嘘は絶対につけない。後で大変なことになる」

そうか、そういうことか。目から鱗が落ちた。

要するに氏族は、日本人のような定住民にとっての「住所」もしくは「本籍」みたいなものなのだ。私たち日本人が重要犯罪で指名手配されたら、出身地、親族、職場のつながりでほとんどが捕まるように、ソマリランドでも、掟を破ったら氏族の網を通じて必ず捕まるのである。つまり、氏族間で抗争がないかぎり、治安はとてもよく保たれる仕組みができている。

ソマリ人は気質的には強烈な個人主義である。自己主張が強いだけでなく、個人が自立しており、自由を好む。田舎に住む遊牧民はラクダに家財道具を載せてどこでも行ってしまうし、町に住む人もビジネスと称して実にしょっちゅう、あっちこっちを行き来している。海外への移住も気軽に行う。

人の動きの活発さに比して、警察や兵隊は著しく少ない。旅をしていても、たまにチェックポイントに出会う程度で、とても治安維持活動を真剣にやっているようには見えない。それでいて、ソマリランドが驚くほど治安がいいのはこの氏族の網があるせいなのだ。

実利重視

・・・・・ここでも働いているのは「やり返されない相手には何をしてもいい」=「やり返される相手には攻撃しない」というソマリの法則である。

日本では自衛艦をソマリア沖に派遣するとき、「もし自衛艦が海賊に攻撃して、逆に恨まれたらどうするのか」という議論が起きた。しかしソマリ的に考えれば、それはないのである。フランスの特殊部隊が海賊を襲い、拉致された船と人員を奪い返したあと、海賊たちは「これからフランスの船は許さない」と発言したが、現実にはフランスの船は極力襲わないようになったという。彼らはイデオロギーや大義名分より、実利を重要視するのである。

経済学の常識を超えた現象

現ソマリアは「経済学の実験室」と一部で呼ばれている。経済学の常識を超えた現象があちこちで展開しているからだ。その代表がソマリア・シリングだ。

旧ソマリア時代に発行されていたこの紙幣は、20年間、中央銀行が存在しないにもかかわらず、今も共通通貨として一般の人々に利用されている。

ホテルの宿泊代とか車を買うといった場合は、米ドルが使われるが、市場などで使うにはドルは額が大きすぎる。では、他にどんな貨幣がいいのか。一時は隣のケニアやエチオピアの紙幣も少し使われたことがあったらしいが、結局、「こんなカネはなじみがない」ということで廃れ、誰もがなじみのあるソマリア・シリングに落ち着いてしまった。

それだけではない。無政府状態になり、中央銀行もなくなってから、シリングはインフレ率が下がり、安定するようになった。なぜなら、中央銀行が新しい札を刷らなくなったからだ。

旧ソマリア政権時代、財政の苦しい政府は、軍隊や警察を含めた公務員に給料を払うため、札を刷りまくった。おかげで、インフレがひどかったのだが、今は誰も新しい札を刷る者はいない。大半が20年以上前の札をそのまま使っている。ボロくなりすぎた札は捨てられるから、総数は減ることはあっても増えることはない。だから、インフレが低く抑えられているのだ。

その結果、シリングは普通に政府が機能している周辺国の通貨より強くなってしまった。今ではエチオピア領内のソマリ人居住域でも使用されているし、ケニア商人が財テクのためにソマリア領内に入ってシリングを買いあさることもあるという。

つまり、無政府になってからシリングは強く安定した通貨となったというわけで、経済学の常識を軽くひっくり返してしまったのだ。

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警察から銃を借りて映画を撮る!ソマリランドの映画会社
2015年10月28日 シネマトゥデイ

ソマリランドの映画会社 Amazing Technology Group (以下、ATG)は現地警察から銃をレンタルして映画をつくり、時には現役の警察官にもエキストラとして出演してもらうことがあるそうだ。BBCのメアリー・ハーパー記者が伝えている。 続き

TBS 「クレイジージャーニー」