2016年5月25日水曜日

book356 『原爆供養塔 忘れられた遺骨の70年』 堀川惠子 (2015)

歴史は生き残った者たちの言葉で語られる

しかし戦争の最大の犠牲者は言葉を持たぬ死者たちだ


第47回大宅壮一ノンフィクション賞受賞




【概要】                                        

広島の平和記念公園にある原爆供養塔には、身元が分からない被爆者の遺骨がひっそりと祭られている。その数、およそ7万柱。戦前、この一帯には市内有数の繁華街が広がっていた。

ここで長年にわたって遺骨を守り、遺族探しを続けていた「ヒロシマの大母さん」と呼ばれる女性がいた。彼女が病に倒れた後、筆者はある決意をする──。

引き取り手なき遺骨の謎をたどる、本格ノンフィクション。氏名や住所がわかっていながら、なぜ無縁仏とされたのか? はじめて明かされる、もうひとつのヒロシマの物語。

※作者: 堀川 惠子(1969年 -、 47歳)、広島県生まれ。1993年に広島テレビ放送へ入社。報道記者・ディレクターを経て、2004年に報道部デスクを最後に退社。2005年よりフリーのドキュメンタリーディレクターとして映像番組を制作する。また、制作した映像番組の内容を文章作品としても発表している。wiki

「はじめて明かされる、死者たちのヒロシマの物語」-インタビュー・対談(本の話WEB 2015.05.31)

【読むきっかけ&目的&感想】           

第47回大宅壮一ノンフィクション賞(2016、書籍部門)を受賞した、という記事を1ヶ月ほど前に読んで知った本。

そのときにAmazonのマイリスト「読みたい本」に登録しておいた。このAmazonリスト、年に数回ほど整理するけどたまる一方だ。6年前に登録したけど未だに読んでいない、けど読みたい気持ちはあるのでリストから消去する気にはなれない、なんてモノまであるから当然だ。本書は登録後1ヶ月で読んでいるから、早いほう・・・(笑)

最近のニュースで、「オバマ大統領は、G7 伊勢志摩サミット (2016/5/26, /27)に出席したあとの今月27日に現職のアメリカ大統領として初めて被爆地、広島を訪問し、大々的な演説は行わないものの所感を述べる予定」だと報道されているのを見て、本書を思い出し読んでみた。

さくら好み ★★★★

本書に書かれている「広島の平和記念公園」建造の経緯、そこにある「原爆供養塔」の扱いと塔内にある「身元不明の遺骨」の現状には、少なからず驚かされた。

  • 平和記念公園の敷地内に原爆供養塔が作られる計画にはなっていなかったこと。
  • 作られはしたものの、後に看板が取り外され、一見して何か分からない状態になったこと。(2005年、案内板が設置された)
  • 遺族のもとに遺骨を返すのを始めたのが一個人であること。

これらの背景には金銭的な事情も大きかったようだが、「広島平和記念公園」に生々しさは不要だったということでもあるのだろう。開園の1954年当時、その生々しさは平和のシンボルとして受け止められる以上に、原爆による深い傷跡をよみがえらせるトリガーになり耐え難かったのかもしれない。

もちろん、その生々しさがなければ平和記念公園の意味がないと考えた人達もいたおかげで、公園内に遺骨を収めた供養塔が作られ、遺族のもとに遺骨を返すことも始められたわけだが。

何かの拍子にふっと過去の記憶がよみがえることがある。そして、あのときは気付かなかったけど今ならわかる、でも今更どうしようもない、なんて思いに苛まれることが私にはある。今更どうしようもないのだからいっそ忘れたままでいたいと思うのだが、こういう記憶のメカニズムをどうすることも出来ないので、私は為す術もなくじっと耐えるしかない。目に見えない分、他人からしたらささいなことだろうが、これがけっこう辛い。自分の中で消化されるまで気長に付き合うしかない。

このふっとよみがえる過去の記憶が、壮絶な原爆体験だったら・・・

  • やっと人と判別できるような状態の死体や怪我人が重なりあう上を、地面の熱さ避けのために踏みつけて歩く・・・。
  • 身内であっても誰かがわからないほど顔が爛れているので、声で判別するしかない。 
  • 結婚して一緒に生活していなかったとはいえ、兄弟姉妹であっても、自分と「家族」以外は切り捨てるしかない。
  • という状況で切り捨てられる。

こういったことにまつわる自身の記憶や感情によるものが、その後の人生に大きな影響をおよぼしていた。それらは、身内の死や環境の激変といった外因と同じように、あるいはそれ以上に大きな内因になって被爆者たちに重くのしかかっていて、生き延びるのも過酷なことだと思わせられた。

私自身は、親でさえも既に戦争を知らず、戦争体験は「歴史の一部」としてしか認識できていない。だからといって、これらを過去のこと、他人事だとだとは言い切れない。この先、日本が「自衛のために戦争を始める」とき、それをどう認識するか、戦争指導者を中心とした歴史でしか知らないか、あるいは名もない一個人の戦争・原爆体験を知っているかで、小さくはない違いがあるだろうから。

原爆が落とされた当時も、いわゆる戦後といわれる時代も、当然ながらインターネットなど存在せず、名もない一個人が情報を発信するなんてことは出来なかったし、それを簡単に知ることも出来なかった。今は違う。リアルタイムで知ることができる。(といっても私の英語力では・・・orz)

「アラブの春(2010 - 12)」と呼ばれる革命の最中、そのまっただ中にいる一個人が書くブログをリアルタイムに読むことができて、なんというかものすごく衝撃を受けた。

昨年から問題になっている欧州に大挙して押しかけている難民のことも、報道から知るのと、欧州に住む一個人が発信するツイッターなどで知るのとでは、視点の違いのせいもあって、私の受け止め方も違った。

報道で知る大きな現状と一個人の小さな現状の間には、隔たりがある。それらと私の間にも、小さくはない隔たりがある。ネットは、少しではあるがその隔たりを小さくしてくれ、私だけでは気付けないことに気付かせてくれる。


日本軍捕虜の元米兵・・・ 原爆を落とすまで
広島被爆者・・・ 原爆を落とされてから
かれらが願うのは

▼ 日本軍捕虜の元米兵、広島へ オバマ氏の訪問に同行
2016年5月23日 朝日新聞デジタル

第2次世界大戦で旧日本軍の捕虜となった元米兵が、オバマ米大統領の広島訪問に同行することになった。元捕虜らで作る団体が21日、明らかにした。

広島を訪れるのは、フィリピンで捕虜になった元米兵やその家族で作る「全米バターン・コレヒドール防衛兵記念協会」のダニエル・クローリーさん(94)。捕虜として日本へ連行され、栃木県の足尾銅山で働かされたという。21日にホワイトハウス側から協会に「広島に行ける元捕虜がいるだろうか」と打診があり、メンバーの中から体調などを考慮して選ばれた。

▼ 元米兵捕虜、複雑な心境
2016年5月22日web、2016/05/23付 西日本新聞朝刊 西日本新聞 

第2次世界大戦中に旧日本軍の捕虜となった元米兵や家族でつくる退役軍人団体「全米バターン・コレヒドール防衛兵の会」が21日、米テキサス州サンアントニオで記者会見を行い、元捕虜7人と家族がオバマ大統領の広島訪問について語った。米政府からの要請で元捕虜の1人はオバマ氏の広島訪問に同行するという。ただ、大統領の訪問そのものに反対する人もいる。現職大統領の歴史的訪問を巡り、日本と戦った退役軍人の間に複雑な思いが交錯する。

 「もし広島に行くなら、誰かが彼を撃つだろう」。アリゾナ州のハロルド・バーグボワーさん(96)の一言に会見場がざわめいた。

 1942年5月、フィリピンのミンダナオ島で捕虜になったバーグボワーさん。なぜそこまで反対するのか詳しくは語らなかったが、3年以上にわたった過酷な経験が、そんな激しい言葉を言わせたのか。

 「一切、謝罪すべきではない」「捕虜となった、われわれの苦しみについても広島で話すべきだ」…。参加者のほとんどは、謝罪せず捕虜たちの犠牲にも言及するならばオバマ氏の訪問を容認する立場。会見で明確に反対姿勢を示した元捕虜はバーグボワーさんだけだった。しかし、カリフォルニア州のオスカー・レナードさん(97)も会見に先立つ西日本新聞の取材に「大統領は行くべきではない」。強い口調で言った。

 ・処刑執行直前

 レナードさんは42年5月、ミンダナオ島で捕らえられ、10月に日本へ船で運ばれた。米兵たちは日本軍の捕虜輸送船を「地獄船」と呼び恐れた。立つことも横になることもできない狭いスペースに24時間かがんだ状態で閉じ込められ、ふん尿は垂れ流し状態。馬の餌のような食事が1日1度与えられただけだった。

 航行中、味方の魚雷で沈没した輸送船も多い。約40日間かけて大阪に到着。終戦まで3年近く川崎市の工場などで強制労働に従事した。乏しい食事で毎日10~12時間働き、終戦時の体重は約40キロ。日本兵の厳しい命令におびえ続けた結果、帰国後の7年間、今でいう心的外傷後ストレス障害(PTSD)に苦しんだ。

 45年8月15日に日本が降伏しなければ、レナードさんの収容所の捕虜は同26日に処刑される命令が出されていたという。それを免れ、9月2日、東京湾の米戦艦ミズーリ上での降伏文書調印式にも参加できた。「原爆は日米双方の多くの命を救い、私も救われた」。レナードさんは日本軍への憤り、原爆に感謝する気持ちから、オバマ氏の広島訪問に強く反対していた。

 ・全員90歳以上

 この日、防衛兵の会に所属する約10人の元捕虜は、連名でオバマ氏宛ての公開書簡を発表。広島で述べる所感で、日本の真珠湾攻撃が開戦の契機となったことや、米側の被害にも言及するよう求めた。会見に参加した元捕虜7人は全員90歳以上。体調を崩し急きょ参加できなかった元捕虜もいた。今のうちに思いを語って残したい一心で会見に臨んだ人ばかりだった。

 ジャン・トンプソン代表(58)によると21日朝、ホワイトハウスから元捕虜の同行を打診するEメールが届き、コネティカット州のダニエル・クローリーさん(94)が同行する方向になった。フィリピンの収容所などを経て44年に日本に移送され、終戦まで栃木県の足尾銅山などで強制労働させられたクローリーさんは会見で「広島でオバマ氏が、かつて日米が戦ったことについて遺憾の気持ちを示せば、両国の関係はさらに強くなる」と強調。本紙の取材に「日本軍は決して許せないが一般の日本人は違う」と語り同行が決まれば「喜んで行く」と話した。

 「平和を築くためには戦争の被害者同士が対面する必要がある」。トンプソン代表はそう指摘しクローリーさんと被爆者の面会が実現することを願っている。

▼ Ex-POW invited to accompany Obama on historic Hiroshima visit
KYODO MAY 22, 2016

The White House has invited a former prisoner of war to accompany President Barack Obama on his historic visit to Hiroshima, a group of former POWs said Saturday.

“As you can imagine, we see this as a positive step . . . and that maybe, finally, (the government is) noticing,” Jan Thompson, president of the American Defenders of Bataan and Corregidor Memorial Society, said at a news conference during the society’s annual convention in San Antonio, Texas.

Daniel Crowley, 94, a former U.S. Army air corpsman, has been chosen to make the trip to the atomic-bombed city on Friday, according to Thompson, who added, “I think it’s powerful because the victims must face each other in order to become the victors of peace.

The society sent a letter to the White House, urging the president “to focus your remarks at the upcoming historic visit to Hiroshima on the events leading to the decision to use the bomb and recognize the effects it has had on the people of both countries.”

The Pacific War must not be remembered simply as the legacy of one new weapon, for it is not the weapons of war, but rather the causes, conduct, and lessons of that war that matter most,” the letter also said.

Thompson pointed out that for many former POWs, Obama making a momentous visit to Hiroshima without acknowledging the pain and suffering that all victims, including the POWs, endured would only serve to further muddy the history of the war.

I understand that he’s going to go there and remember the victims. I think that’s right. That’s morally correct,” she said.

But (Obama) has to remember the POWs who were abandoned by the government and (who) made sacrifices, who died right there on that land that he’s stepping foot on, who were used as slave labor. To me, it’s unfathomable for him not to.

When asked about Obama’s visit to Hiroshima, some of the POWs did not see a problem with the visit, while others questioned or opposed it.

Ralph Griffith, a 93-year-old former army private, said he has “nothing against him going.” But he also said, “I don’t want him to apologize.”

Griffith was one of the 10 former American POWs who attended the four-day convention, along with relatives and other supporters of the POWs.

▼ PROFILES
American POWs of Japan
Atetending
American Defenders of Bataan and Corregidor-Memorial Society
Annual Convention
San Antonio, Texas
May 18 - 21, 2016


American POWs of Japan is a research project of Asia Policy Point, a Washington, DC-based nonprofit that studies the US policy relationship with Japan and Northeast Asia. The project aims to educate Americans on the history of the POW experience both during and after World War II and its effect on the US-Japan alliance.

Thursday, December 03, 2015
PROFILES AMERICAN SPECIAL PRISONERS OF JAPAN






▼ 米大統領・広島へ
毎日新聞2016年5月14日

(前略)
オバマ氏の広島訪問にあたり、日本政府は「謝罪は求めない」とメッセージを送り、広島県知事や広島市長も「こだわらない」と記者会見で表明した。

では、家族を失い病気で苦しむ被爆者の怒りや憎しみは消えたのか。広島県被団協の坪井直理事長(91)は「米国を憎む気持ちは腹にある」と認めたうえで、「理性の力で憎しみを乗り越えないといけないと思うようになった」と話す。

広島市立大広島平和研究所の水本和実副所長によると、10〜20年前までは今よりも怒りが前面に出ていたという。01年9月11日の米同時多発テロの際、ある被爆者は新聞の取材に「言うべきことではないが、胸のつかえが取れたのも事実」などと答えた。水本氏は「同じように感じた被爆者は他にもいた」と話す。

原爆で家族や友人を失った被爆者の男性(85)は言う。「訪問決定までは謝罪を求める気持ちがあった。憎しみがないと言えばうそになるが、原爆投下を正当化する世論が強い中で、広島に来ること自体が謝罪の意味を含んでいるのではないかと思うようになった」
(後略)

追記:
 
オバマ大統領の広島訪問 元米兵の同行は見送り
NHK NEWS WEB 2016年5月26日

太平洋戦争中に旧日本軍の捕虜となった元アメリカ兵などで作る団体は、27日に広島を訪問するオバマ大統領に同行する意向を示していましたが、NHKの取材に対し、ホワイトハウスから招待できなくなったとの通知を受けたとして、訪問を見送ることを明らかにしました。

アメリカのオバマ大統領は27日に現職のアメリカ大統領として初めて、被爆地・広島を訪れる予定で、太平洋戦争中にフィリピンで旧日本軍の捕虜となった元アメリカ兵やその家族などで作る団体は、ホワイトハウスから打診を受けたとしたうえで、メンバーを同行させる意向を示していました。

団体は元アメリカ兵の94歳の男性を広島に派遣する方向で調整しているとしていましたが、団体のジャン・トンプソン会長は25日、NHKの取材に対し、ホワイトハウスからこの男性を同行者として招待できなくなったとの通知を受けたことを明らかにし、訪問を見送る考えを示しました。

トンプソン会長は「この結果に失望している。元アメリカ兵の派遣は和解などの力強いシンボルになると思っていたので、アメリカにとっても日本との同盟関係にとっても損失だ」と批判しています。

一方、ホワイトハウスの当局者はNHKの取材に対し、「アメリカ政府として正式に招待したわけではなく、誰を招待するか調べるなかで可能性を探っただけだった」と説明しています。